戦没者追悼諷経

15日はお盆の最終日です。

午前中で各家のお参り(棚経)を終え、急いで準備をします。

12時に大鐘を撞き、引き続き太平洋戦争戦没者追悼諷経を行います。

本年は終戦70年の節目、戦没者の英霊を弔う思いもひとしおです。

今年は、それに加えて、川内原発の安全祈念、更に急遽、桜島の

静謐(せいひつ)祈念と・・・ いろいろとおまけがついた法要でした。

天変地異に為政安穏、戦争も人間の災いとすると三界万霊とともに

弔っていくしかないのかもしれません。

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梅の実取り放題

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五廟社の参道は野田音頭に唄われるように「梅の参道」です。
今年は粒は小さいですが鈴なりに実がついております。
どうぞ皆様、ご自由にお取り下さい。(後片付けはご自身で)

雨の秋祭り

イチョウの黄葉を散らす雨の中、
感応寺正面の筥崎八幡神社の秋祭に参列しました。
感応寺が今あるのも、明治初年の廃仏毀釈から10数年
この社殿が「お寺を隠して頂いた」お陰なのです。
地域の氏子の皆さんと和やかな一時を過ごしました。

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寒暖の差が大きい日々のおかけで、

お寺でも紅葉を拝める年になりました。

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実りの秋を迎えて

台風も2つとも大した被害がなく、秋も深まりを見せています。

写真は「むかご」です。境内裏手からたくさん実をつけています。

最近は子どもたちも柿などがなっていても食べない・・・という

ご時世ですが、季節の滋味を感じてほしいと思っております。

当方は勝手に今晩の珍味と致したいだけなのですが。

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梅雨の訪れ

六月に入ると同時に、野田にも梅雨の訪れがやってきました。

全国各地が季節外れの猛暑の中、ここ数日一気にすゞやかな気候となりました。

五廟社(島津家墓地)参道の紫陽花も色をつけるのを待っていたかの

ように雨に濡れながらその色を決めようとしている様子です。

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お宝発見?

10月の鹿児島は朝晩は涼しいですが、まだ昼間は半袖で十分です。

来年は当寺も大きな行事があり、それに向けていくつか動いています。
今回、客殿兼茶室が古くなったため、新築工事を行うことになりました。

今や感應寺でもっとも古い建物になり老朽化も著しかったため、
この秋から冬にかけて工事が行われます。
現在、解体工事を行っていますが、工事の方々も「お寺の古い建物は
どんな貴重なものが出てくるかわからないので・・・」と重機ではなく、
手作業で解体を行っていただいています。
今日は、床下からたくさんの壺や瓶がでてきました。
どの様ないわれかわかりませんが、残念ながら財宝は入っていません
でした。ただ廃仏毀釈後辛苦を重ねてきた先代、先々代の住職方の
様子が少しかいま見れて、何らかの形で残していこうと考えています。
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6月あじさいの開花

6月になり、五廟社の参道にも例年のごとく、あじさいが満開になっています。
ただ、今年はまだ梅雨入りしておらず、今日も初夏の陽気でした。
写真を見ると、例年より少しガクの色が薄く、みずみずしさに欠けている
様な気がするのですが・・・
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感応寺は今月は比較的のんびりしています。
庭の剪定と掃除に追われる6月になりそうです。

花まつりの風景

日差しは春になりつつも、風はまだ寒い昨今です。

まずは、ホームページのレイアウトを少し新しくしてみました。
写真をすこしづつ入れて、今の時代にあった(笑)ものに
していきたいと思います。良ければご覧下さい。
http://www5.synapse.ne.jp/kanno-ji

さて、昨日は感応寺の春の一大イベントお釈迦様のご生誕を
お祝いする花まつりでした。例年のごとく、大勢の方がお見えになって
甘茶を掛けてお祝いする姿が見られました。
そこで今年はそれ以外の花まつりの風景を数枚ご紹介します。

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甘茶は前日からコトコト煮出して作っています。
通常漢方でも使われるアマチャの葉を使うのですが、
感応寺では鹿児島ではなじみのニッケ(ケシン)を
一緒に入れて、香りを付けています。

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書院では、出水地区の華道愛好者の方々による
お花の展示がされていました。長い間続けていただき、
花まつりの名の通り、彩りを添えてくださいます。

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御詠歌の会の皆様による、釈迦如来ご誕生御和讃の
奉詠もありました。厳かな中にも軽やかな歌声でした。

野田の春の年中行事として、これからも
できる範囲で続けていければと思っております。



涅槃会に考えること

2月15日はお釈迦様のお亡くなりになった日、涅槃会です。

感應寺では、一般の方々にご案内しているわけではないのですが、
本堂に涅槃図(江戸時代から伝わる)を掛けて、法要を執り行いました。
ご法事や参拝された方にはお目にかかったと思います。

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(周りの尊者だけでなく、餓鬼や畜生も嘆き悲しんでいる様子がわかります)

さて、お釈迦様はどうしてお亡くなりになったかご存じですか?
いわゆる「死因」は食あたりだったといわれています。
今これほど多くの人々にあがめられている釈迦も超越的な話もなく
あっけなく亡くなられたのかと思うと、ちょっと意外な気がします。

人は生きるときにその基を選べず生まれてくるのですが、
死もまた選べずに亡くなるのが常であるといえます。
しかし、死するまでの間にその人がなにを行ってきたか、
それこそに涅槃への道があると釈迦は説かれました。

ただ、死を自ら選ぶ方法を人間が持っているのも事実です。
仏教では死を選ぶことをキリスト教の様に悪とは見なしてはいません。
では、釈迦の教えでは自死をどのようにとらえているのか?
佐々木閑「日々是修行」から一節を引用してこの終わりのない
疑問を考える一助にしたいと思います。

ただそれは、せっかく人として生まれて自分を向上させるチャンスが
あるのに、それをみすみす逃すという点で、「もったいない行為」なのだ。